森のおっさんの子育て悩み相談① ~なんで教員やめたの?

森のおっさんの子育て悩み相談① ~なんで教員やめたの?

湿原にかかる木道

こんにちは。サーです。

そうなんです。元教員なんですよ。わたし。

小学校だったのですが、12年やりました。1年生から6年生までの全部の担任をしました。スタートから崩壊気味のトンデモ学級から、異常に大人の目を気にするナーバス学級まで、実に様々。本当にやりがいがあって、面白かったです。

本当にたくさんの子どもたちと接してきて、「こりゃぁ自分の子の子育ては楽勝」なんて思っていたら大間違い。いままでのどの子にも当てはまらない、まったくのオリジナルな我が子が毎日家庭内で大暴れ(笑)。そりゃあそうだ、「みんなちがって、みんないい」

ということで、急に「森のおっちゃんの子育て相談」シリーズ化決定!

参考になればいいなぁ。なるかな?こんかいはあいさつ代わりに履歴を。

スポンサードリンク

Advertisement

①まずは教員をめざしたきっかけ

きっかけは中学。坊主頭の野球少年だったんです。それこそ朝から晩まで野球漬け。夏休みも毎日練習。あれ、担当の先生も大変だったろうなぁ。完全にブラックですよ、中学校の部活持ちの教員は。

その先生がまぁいい人で、生徒にも厳しかったけど、それ以上に自分に厳しい人でした。部活時間以外でもノックの練習をこっそりしていたり、試合で負けると私たちを責めるのではなく、練習内容の見直しに力を注ぐ。

なもんだから、いつの間にか部員はすっかり先生の虜で、今なら訴えられかねないような練習量をこなし、県大会まで出場することができた。卒業の時は本当に涙々、坊主頭の若造がみんな号泣で、よく「リアルスクールウォーズだな」と周りには言われました。(ドラマ「スクールウォーズ」についてはググってね。)

で、自分もこんな先生になろう!と思った。単細胞(笑)

やっぱり変な先生や熱意のない先生もいたので、自分が日本の教育界を変えてやる!という完全なる厨二病的思考もあったような気がします。若いっていいですね。

また、北海道に異様にあこがれておりまして、「北海道で暮らしたい!」と思っていました。何故って?私にもわかりません(笑)なんでだったんだろう?母親の実家が北海道だったからかな?

 

②大学選びは場所選び優先!?

だから大学はどこの大学に行きたい。じゃなく「北海道の大学」に行きたい。でした。

北海道は好きだけど、札幌以外は仕事がない・・・。そんなイメージを持っていたので、公務員である教員は実に理にかなっていたなと、いまでも思います。ところが大学受験を2回も失敗(笑)まぁバイトと遊びに明け暮れていたのでしょうがないですね。目標を見失っていた時期かもしれません。

大学に入ってからもしばらくは大学生活を満喫してました(笑)が、転機は教育実習。実習に行ったときに、周りは授業計画だの資料作りだのに苦労していたのに、なぜか自分は「あれ?最高に楽しいぞこれ。」と思ったんですね。

自分はあんまり授業の組み立てなんかを真面目に勉強していなかったので、授業計画といったら、「ここで笑いを取って、ここで「おぉ。」と感心させて・・・」みたいなのを作って指導教官に持っていった。今考えるとひどい(苦笑)。当然「コントの台本かい!」と突っこまれ。

でもこの指導教官がまたいい人で、「まぁ授業のレベルなんてのは実習生はだいたい一緒、だったら子どもたちを惹きつけたもん勝ちみたいなとこもあるしな。」なんて言ってくれて、自由にやらせてくれたんですね。後で考えたら、実習校がいわゆる「付属校」だったので、ボクの授業なんか聞かなくても勉強できる子たちだったわけなんですけど。

教職の楽しさ、やりがいをこの時に教えてもらいました。実習最後の授業ではあいさつで泣くという大失態。恥ずかしい(笑)。最後の日に泣いてる実習生なんか一人もいなかったな。

まぁでも、そんなことがあったので、教員採用試験までは寝る間も惜しんで勉強しました。人生で一番勉強したかも。おかげで一発合格、採用でした。でも二浪してたので同期のなかでは年上でしたけど。

 

③現場は楽しいけど過酷、まさに消耗戦。

現場に入ってみると、今では考えられないかもしれませんが、初任でクラス担任という重責が。おいおい、いいのかこれで日本の教育!とか突っ込みながらも必死に勤務。これがなかなかハード。授業準備して、授業して、トラブル解決なんかもして、放課後は会議。その後事務仕事。明日の授業準備。。。毎日帰るのは夜8時過ぎ。

知ってました?教員は残業時間に合わせた残業代もらってないんですよ?4%手当とかいうお小遣いで残業し放題。どブラックですね。でも楽しかったから頑張れた、若かったから体力もありました。逆にこの職業、好きじゃなきゃやってられないですよ。辛かったら即効やめた方がいいです。自分のためにも、子どもたちのためにも。

病んでる先生が担任になった子どもたちのことを考えてみてください。辞めるというのも一つの責任の取り方です。ほかにもっと仕事あるから。

自分はとっても楽しいし、子どもたちの成長を見るのがこの上なくうれしかったので、やめるという選択肢は当時はなかったです。

 

④た、体力が・・・。

でも、30歳を超えてくると、だんだんと体力が衰えてくるのがわかりました。わたしの学級づくりは、常に子どもたちと一緒に過ごし、休み時間も遊んで、一体感でクラスづくりをする・・・「熱血タイプ」の指導法。しかし6年生と昼休みガチでサッカーとかして、5時間目体育なんかだと、6時間目にはもうフラフラ・・・。

ケガや病気もしやすくなり、これは自分の指導スタイルを変えるか?と迷いました。でもそれでいいのかな・・・とも。スポーツ選手にもいませんか?ボロボロになってもしがみついて現役にこだわるタイプと、惜しまれつつも自分のタイミングで引退するタイプ。どっちがいいなんて決めるつもりはないですけど、わたしは後者の方が自分らしいな。と思いました。自分の理想の指導ができんのだったらこの仕事やったらだめだ。」という結論になったんですね。

 

⑤一度の人生、どう生きるか考えてみた。

でね、もともと教員人生を全うしようとはそれほど思っていなかったです。教頭・校長などの管理職はつまんなそう(自分にとっては)だったし。給料はもちろん年功序列で上がっていくので安定感は抜群でしたが、それがあんまり自分には魅力的に感じませんでした。

だからいいや。安定なんて捨てちゃえ。もっと面白いことやろう。

 

ただ、実はこの時すでに結婚していまして。そのパートナーには2年前くらいから相談していたんです。この人がまたできた人で。ボクは本当にいい人たちに恵まれてますわ(自画自賛)←使い方間違ってるねコレ

「あんなに仕事が楽しそうだったのに、いまはツラそうだね。ツラそうな顔見ながら暮らすのは私もつらいから、好きなことしなよ。」なんて言ってくれました。はい、この瞬間主従関係決定(笑)。主夫をしながら好きなことを仕事にしていくことを決意しました。ただ、やるなら本気でね。

そんなこんなで今に至ります。面白かったかな?

たいして面白くはないか。でも、こんな変わったやつが世の中にはいるってことで。

そんな森のおっちゃんの子育て相談。始めます。

需要あるかな?

次回「森のおっちゃんの子育て相談シリーズ② ~不登校、子育ては距離感が大事よ?


生活・文化ランキング

学校・保育園カテゴリの最新記事